2012年01月03日

箱根駅伝におもふこと

駅伝三昧のお正月です。母校は出ていませんが・・

来年は3年ぶりに復活します。必ず。



箱根駅伝を見るたびに昔を思い出します。

今から14年前、大学4年の今日今頃はおそらく小田原中継所からゴールの大手町に向かう車中だったか?
ハコネを見てるとついこんなふうに学生時代の自分と照らし合わせてみたくなったりします。ずいぶんと年をとったようです。


現役時代、14年前の最後のハコネは9位。
その前年3位の主力メンバーが多く残り優勝候補の一角といわれながらの残念な9位。

閉会式、その後の打ち上げ、さらに翌日の青葉昌幸先生(当時の監督さん)との食事会は涙TT涙TTのまるでお葬式のようだったと強烈に記憶してます。

あまりのショックとトラウマで、それ以来3年間は箱根駅伝を観戦はもちろんテレビも見ることが出来ませんでした。



朝6時起床、門限8時。もちろんテレビは禁止。許されてたのはラジオと将棋とUNOぐらい。
そのせいか走る以上に詰め将棋が強くなりました。

帰省ができるお休みは年間通して10日間もないし。
食事当番をすれば米が硬いとか柔らかいとか、風呂を入れれば熱いとかぬるいとか、さらに風呂の中で先輩に会えば背中を流し、、、とまるで亭主関白の旦那を持つ主婦状態(特に1年時は)。これはほんの序の口ですが、そんなこんなで一向に改善するどころか、悪くなる一方の人間関係。

そんな合宿所で生活をしてたら4年次最後のハコネの直前、円形脱毛症になりました。ハ・・



いろいろ思い出そうとすると辛いことしか思い出せないのはなぜだろう?

社会に出て14年になりますが、あの4年間に勝る苦しみがまだかつてない。
出所後 卒業後、さらなる刺激を求めて喜んで自衛隊へ入隊する先輩後輩たちが後を絶たなかったな。。



箱根駅伝を走る為だけに進学したのに箱根を走れなかったことは人生最大の挫折でしたが、ひとつだけ身をもって知ったことがあります。

ま、そんなことはどうでもいいとして。。



それにしても東洋大学強いなぁ。




posted by カネプラ at 12:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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